日本ではPCが売れないと言われている。若い世代にPCを使える人も減っているという。グローバルでもそうなんだろうか。実は、その状況が変わろうかというテクノロジーがクアルコムより発表された。
クアルコムはAndroidスマートフォンのプロセッサではグローバルスタンダードのメーカー。Androidスマートフォンのうち40%前後がクアルコムのSnapdragon(スナップドラゴン)というプロセッサを搭載していると見られている。PCやスマートフォンのプロセッサ(半導体)を開発しているメーカーはメジャーなところだけでも十数社ある中で、市場をほぼ独占しているとみてよい。
業界では知らない人はいないほどメジャーな企業だが、エンタープライズ向けであり市場トップの余裕からか、これまであまり派手なプロモーションはおこなっていない。そのクアルコムが、12月5日から7日の3日間、ハワイ マウイ島のビーチリゾートホテルを会場にしてプレスカンファレンスを開催。27カ国300人以上の報道関係者およびアナリストが参加した。
会場となったマウイ島のリゾートホテル
Summit開幕
まさに満を持してのプレスカンファレンスだが、場所がビーチリゾートというのも力の入れ方を感じる。学会や展示会でも、リゾート地の会議場やホテルを使うことはある。ハワイではオアフ島のコンベンションセンターを利用した国際会議は有名だが、マウイ島のビーチリゾートでのプレスカンファレンスは、知っている範囲のIT業界ではあまりない。時期的には、家族同伴でそのままクリスマス休暇がとれるようになっている。学会やカンファレンスをバケーションシーズンにあわせて、その週末はリゾートで家族サービスというのは、欧米ではめずらしくないパターンだ。
前置きが長くなって申し訳ない。肝心の発表の目玉はSnapdragon 835というクアルコムの最新チップを搭載したWindwos 10 PCだ。採用したのはASUSとHP。ASUSはNovaGoというPC。HPはENVY x2という2in1PC(キーボードが取り外し可能でタブレットにもなる)をそれぞれ発表した。835は4G LTEに対応したワイヤレスチップを搭載したモバイルプロセッサ。ひとことでいえば、SIMが差さるWindows 10 PCということになる。低消費電力のため、バッテリーで連続20時間以上動作する、スマートフォンでいう待受時間に相当するスタンバイ状態で30日以上待機できる(NovaGo)という特徴もある。
ASUS NovaGo
ENVY x2の厚さは7.6ミリ
これだけで聞くと、スマートフォン用のプロセッサをモバイルPCに搭載しただけ、SIMが差さるPCは初めてではない、通信はWi-Fiがあれば十分なので、なにがうれしいのか、などと思うかもしれない。日本のキャリア事情やPC市場を考えると無理もない。しかし、SIMフリー端末が一般的なグローバル市場では、意味合いがちょっと変わってくる。
PCがスマートフォンのようになるとどうなるのか。通常ノートPCを外でネットワークにつなごうとすると、適当なWi-Fiポイントを探すか、モバイルルータを持ち歩くか、手持ちのスマートフォンでテザリングするかとなる。接続はほぼ自動的におこなわれるとはいえ、スマートフォンのように電源ONですぐに通信が有効になるわけではない。また、待受という概念がないため、停止またはスタンバイ中はメール着信などの通知を受け取ることもできない。
今回発表されたモバイルPCなら、連続20時間動作と30日まで待ち受け可能ということで、通信に関してはスマートフォンと同じ利便性が得られる。もちろんWindows 10マシンなので、WordやExcelなど普通の業務に利用できる。ちなみに、発表会場に展示されていた実機を操作した限りでは、普通のノートPCと同じレベルでブラウザやWordが動いた。ヘビーな使い方でどこまでパフォーマンスがでるのかは、微妙だが、スマートフォンでメジャーなプロセッサだからといって、スペックとしてPCに使えないということはない。
動画再生連続22時間。待受時間30日というPC
また、Wi-FiではなくLTEなどのモバイルキャリアのネットワークを使うということは、セキュリティ上のメリットもある。Wi-Fiのアクセスポイントは原理的に盗聴やなりすましに対する防御が弱い。無料アクセスポイント、野良Wi-Fiと呼ばれるアクセスポイントは危険とされており、業務では利用を禁止する企業も少なくない。
しかし、日本の場合、4G LTEの料金プランには容量制限があるので、なるべくWi-Fiにつなげるようにしている人も多いだろう。そのため、SIMが差さるPCが持つ意味が日本とグローバルでは異なる。SIMがコンビニでも変え、容量無制限プランも比較的契約しやすい海外では、PCがそのまま4G、5Gで繋がってくれればうれしいという人は少なくない。
クアルコムでも、来るべき5G時代を見据えたチップセット、および製品だと強調している。同社の目論見では、5G時代になれば、スマートフォンだろうがPCだろうが、あらゆるIoTデバイスのプロセッサを通信チップ内蔵が当たり前になるという。スマホ化する次のPC市場で、クアルコムはインテルを脅かす存在になる可能性を持っている。
SIM PCのエコシステムを語るスピーカーたち
これは筆者の私見だが、Android市場をほぼ制したクアルコムが、いよいよiPhone(通信チップにインテル製を使っている国がある)、PCの市場、加えてゲームやAIスピーカなどIoTのプロセッサ市場をとりにきたと見るべきかもしれない。
スマートフォンでの動画視聴は増え続けている。IoT時代では自動車からAIスピーカー、ロボット、産業機器がネットワークに繋がってくる。そのためには、5Gのような高速通信が欠かせないとされている。IoT時代というなら、通信するためにSIMごとにキャリアの契約で縛られたり、スマートフォンを経由させている場合ではない。
クアルコムは、このコンセプトを835を搭載したASUS、HPの製品で実現させた。レノボも835を使用した同様なPCを発売する予定だという。次のモデルであるSnapdragon845では、さらに対応ベンダーを増やしていくという。
PCがスマートフォンのようになるというのは、クアルコムだけが主張しているわけではない。
今回のイベントの基調講演ではマイクロソフトのEVP(エクゼクティブバイスプレジデント)が登壇し、Windows 10におけるSnapdragonプラットフォームの推進にコミットする発表をおこなっている。マイクロソフトにとってインテルやAMD以外のプロセッサ、とくに4G、5G対応に強みがあるクアルコムのチップは歓迎ということだろう。そのAMDは、プロセッサメーカーだが、クアルコムと提携し、今回のイベントで自社のRAIZENというチップにSnapdragonを搭載し、通信チップ内蔵のプロセッサを開発すると発表している。
マイクロソフト エクゼクティブバイスプレジデント Terry Myerson氏
さらに、米国の通信事業者であるスプリントはCOOが登壇し、来る5G時代にはSnapdoragnとWindows 10を組み合わせたPCは重要な存在だとスピーチした。ゲストはこれだけではない。サムスンからは社長(Dr. ES Jung氏)が登壇。中国シャオミのCEO(Lei Jun氏)もSnapdragon 845搭載スマートフォンの計画を発表した。
通信キャリア(スプリント)もSnapdragon Windows 10を推奨
クアルコムは、835、845といった通信チップ内蔵プロセッサを、カーナビ、ゲーム、AI、画像処理、カメラなどIoT機器全般に広げていく考えだ。
中尾真二