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【木暮祐一のモバイルウォッチ】第78回 医療・ヘルスケアデータ収集の行く末は!?

2015-06-25 17:00:09
 筆者が実行委員長を務めた「ITヘルスケア学会第9回年次学術大会」および「モバイルヘルスシンポジウム2015」が6日、7日の2日間、熊本市にて開催された。

 医療・ヘルスケア分野におけるICTの利活用に関する各種取り組みの成果や、今後の展望などの情報を集積させるような一大イベントとなり、全国から200名以上が参加。このシンポジウムの中から、医療・ヘルスケアデータ収集のあり方について考えさせられた2つの基調講演の一部と、今後国内でこうしたヘルスケアデータをどう扱っていくべきかの道筋を示した同学会の方針についてご紹介したい。

■米Appleの医学研究支援に向けた本気度

 基調講演のトップバッターには、日本一のApple通として製品のレビューをはじめ、ICT業界の動向について執筆や講演活動を行っているジャーナリスト・林信行氏が登壇。米Appleが昨年、iOS 8の提供と同時にサービス提供を開始した「HealthKit」と、2015年3月に発表した「ResearchKit」の解説から始まった。

 「HealthKit」は、iOS 8に標準搭載された健康データ管理フレームワークだ。iPhone上には「ヘルスケア」アプリが標準で搭載され、各種のバイタルデータを収集するサードパーティーのアプリがHealthKitに対応すると、ユーザーが自らバイタルデータ収集のアプリをデータ収集元(ソース)として「ヘルスケア」アプリに登録することができ、さまざまなバイタルデータを一元管理したり、時系列で複数のデータの変化を比較することが可能になる。

 逆に言えば、ユーザー自らの“同意”のもとで、サードパーティのアプリが収集してきたユーザー自身のバイタルデータをAppleに情報提供することにもなる。そしてAppleはこの「HealthKit」を通じて収集したデータをビッグデータとして活用していくことになる。

 この可能性に、一部の医療機関も注目するようになった。その1つが米国の大手医療機関であるMayo Clinicで、もともとiPadを大量導入するなど、積極的にICT利活用を推進してきた医療機関として知られている。

 Mayo Clinicでは、このHealthKit(「ヘルスケア」アプリ)によって、「通院時以外を含む、患者の生活全体を把握」できるところに注目しているという。たとえば体重や活動量、睡眠の深さや質といった基礎的情報が参考情報として有効に活用していけるとしているようだ。

 一方で、「民生機器で測ったデータがどれほど信頼できるのか」という指摘もある。健康機器等からスマートフォンを通じて収集したデータが、臨床上どれほど意味のあるデータとして医師が活用するのか、という点である。

 この点について林氏は「量は質に勝る」という。その“質”に関しては、「それを判断する材料があればいい。つまりデータの出所である。HeallthKitは出所が分かる形でデータを取得している」と説明した。

 また、HealthKitが収集する日常生活におけるデータは非常に豊富である。「心拍などのバイタルデータから、食事や運動、排泄、睡眠に至るまでその幅は広く、それらを総合的に診断の参考として活用できる」。さらに「民生機器は医療機器よりもはるかに速いペースで進化し、かつ普及する」という点で、HealthKitに蓄積されたデータをもっと有効に活用していくべきと話した。

■米国ではiPhoneアプリが「医療機器」として認可も

 「ResearchKit」は、HealthKitからさらにもう一歩踏み込んで、医療研究および健康のプラットフォームにしていく目的で提供が開始された。iOSデバイスを持っている全てのユーザーが、自身の意思で医療研究に参加したり、自身の病気の症状を追跡するのに役立てたり、かかりつけ医師と情報を共有するプログラムに加わる機会を提供する、といったことを狙っている。

 iPhoneのユーザーは全世界に数億人いるわけであり、すべてのユーザーとまではいかなくとも、難病の克服のためにiPhone等を通じて調査研究に協力してくれるユーザーは相当数に上ると考えられる。これまでの医学研究に比べ、桁違いに数が多く、幅広いデータを収集することで、研究に活用してもらおうというフレームワークである。

 現時点で対象としている疾患は、ぜんそく、パーキンソン病、糖尿病、乳がん、心臓疾患の5つである。すでに米国の大学などの機関がResearchKitを使った研究に名乗りを上げている。

 一方で、法的な課題も少なくない。現行のResearchKitは、米国と中国の法律にしか適合していない。米国は医療・ヘルスケア分野のICT利活用について比較的積極的であり、たとえばiPhone上で動作するアプリや、iPhone周辺機器が「医療機器」としての認可を受け、実際の医療や健康管理の場面で活用され始めている。

 では、日本はどうか。日本では従来の薬事法によって医療機器が定義され、医療機器として規制されるものに関しては認可が必要であった。しかし、昨年この薬事法が改正され、医療機器の解釈も変わりつつある。シンポジウムでは、林信行氏から愛知医科大学特任教授である深津博氏にバトンタッチし、改正薬事法(医薬品医療機器等法)とそのコンプライアンスについて、解説が進んでいった。

■改正薬事法施行で何が変わるのか

 すでに米国などでは、iPhoneのカバーのように取り付け、それを胸に当てることで心電図を計測できる心電計や、iPhoneをコントローラー&モニターとして利用可能な超音波プローブなど、医療機器としても活用できるiPhone周辺機器や、アプリそのものも登場している。

 米国では政府機関であるFDA(Food and Drug Administration=アメリカ食品医薬品局)が医薬品や医療機器の規制や許認可を行っているが、こうしたスマートフォンを用いた機器やアプリもすでに「医療機器」として認可が下りているものが少なくない。

 深津氏によれば、実際に米国で利用されているアプリの事例として、皮膚を撮影した画像からメラノーマ(悪性黒色腫)を診断する「メラノーマ診断アプリ」を引き合いに出した。

 入手可能な4種類のメラノーマ診断アプリをピッツバーグ大学医療センターで検証したところ、正診率はアプリによって6.8~98.1%と大きくばらついたという。

 米国では成人の3人に1人が病気の疑いを持った際に、まずはネットで自ら調べ、その内容を確認する。ここで、診断アプリ等が利用されるのだが、精度の低いプログラムで自己診断した場合、誤診によって専門医への受診が遅れてしまう恐れも指摘。こうした理由から、診断の信頼性を担保するためにも、医療機器認定されたプログラムかどうかがひとつの判断基準にもなっている。

 一方、わが国では、長らく医療機器といえばハードウェアが規制(認定)の対象だった。医療機器の操作にコンピュータを用いる装置等も登場するようになったが、医療機器とコンピュータ、そしてその中で動作するソフトウェアは一体のものとして認定を受ける必要があった。

 たとえば、このコンピュータのプリンタドライバを入れ替えるようなことをすれば認定の受けなおしが必要になるなど、ICT時代にそぐわないものとなっていた。

 これを受け、昨年11月より改正薬事法(医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律、略称:医薬品医療機器等法)が施行され、これまでわが国では認可されることがなかった、ソフトウェア単体の医療機器規制(認定)もスタートしている。

すなわち、わが国においてもスマートフォン上で動作させるアプリ等を、医療機器として認定する仕組みが始まったのである。そうした中で同時に考えていかなくてはならない問題が個人情報保護の観点である。とくに医療分野でデータを扱うというのは非常シビアなことである。

■医療分野におけるセキュリティの重要性

 現在、議論のさなかにある個人情報保護法改正案では、匿名加工処理をした「匿名加工情報」については、個人情報を提供した本人の同意なしに外部提供できるという案が出されている。深津氏はこの点について問題点を指摘している。すなわち、匿名加工の有効性は、ICT技術の進化によって今後変わっていく懸念を拭えないという点である。

 事例として挙げたのは、たとえば「手の画像」だけであれば本人の特定につながらないと現状は考えているが、これが4K、8Kといった映像クオリティの時代になったら、その画像を拡大した際に「指紋が分かってしまう」ことも考えられる。つまり、「時代が変われば、個人情報の定義も変わっていく」ということだと深津氏は言及した。

 スマートフォンやその上で動作するアプリを医療機器として活用したり、さらにはIoT(Internet of Things=モノのインターネット)が進み、センサー等が通信をするような時代には、たとえばこうした機器が悪意のあるユーザーによってハッキングされたり、場合によっては乗っ取られる危険性もはらんでいる。

 2011年に米国で開催されたハッカーの祭典を事例に挙げ、ここでは糖尿病を抱える参加者(ハッカー)が、自ら使っている埋め込み型のインスリンポンプの無線通信が容易にハッキングでき、遠方からインスリン投与量を自在に制御できることを示して話題を呼んだという。

 すなわち、通信を伴う医療機器が万が一ハッキングされると、通信を通じた“殺人”さえ可能になってしまう懸念があるという。2013年6月には、米FDAは医療機器へのサイバー攻撃の防止に本腰を入れるよう医療機器メーカーや院内ネットワークベンダーに勧告を出したという。

■わが国のヘルスケアデータの管理をどうするのか

 この学術大会およびシンポジウムでは、2日間でシンポジウム・企画セッションに24演題、一般発表では計29演題もの講演や研究発表が行われた。医療やヘルスケア分野におけるICTの利活用、とくに今年は「ウェアラブル」や「IoT」「ビッグデータ」などのキーワードを多数見かけた。

 同時に「セキュリティ」や「法解釈」などといった話題も散見。さらにソフトバンクロボティクスのPepperの実機が壇上に上がり、活用事例が報告されたり、次世代の人工知能ともいうべき「コグニティブ・コンピューティング」の医療分野のへの活用といった講演も繰り広げられた。

 それらをすべて紹介することができないが、学術大会の締めくくりとして、今後のITヘルスケア学会が目指す一つの方向性が示された。

 一般社団法人ITヘルスケア学会代表理事の水島洋氏(国立保健医療科学院 研究情報支援研究センター 上席主任研究官)は、わが国における“ヘルスケアビッグデータ”とでも呼ぶべき個人の健康情報の集積と、その扱いをめぐる業界標準のガイドラインの策定などを、公益的な立場から学会がその役割を担う、すなわち“医療健康情報の公益管理団体”を目指すと宣言した。

 前述の林信行氏の基調講演では、Apple社によるヘルスケアビッグデータの集積が一つの話題として提起された。国内を見渡せば、やはり多数の健康系企業や通信事業者、コンテンツプロバイダー等がヘルスケアデータの収集等を行っているが、その扱いをめぐるガイドラインもなければ、せっかく収集されたデータが各所に分散している状況ではビッグデータとしての価値が低下してしまう。さらに企業が収集したデータを、研究者が研究目的で利用することも簡単なことではない。

 このため“学会”という公益性を活かし、ヘルスケアビッグデータ利活用の環境整備に向けて、(1)情報基盤の構築、(2)企業グループに依存しないデータ収集、(3)倫理委員会によるデータ管理、(4)データに関するガイドラインの策定、(5)オープンデータとしての提供、(6)データを利用した研究活動の推進、(7)データを財産とした財団との連携、を進めていくとした。

 まずは「学会検診事業」(学会主導型の検診事業)と「健康情報の保全・流通についてのガイドライン化」を始動させていく。学会検診事業に関しては、第1弾モデル事業として「美肌菌ドック」の開発と運営をクリニカルパス(東京都杉並区)と提携して進めていく。

 これは肌質を検査する自由診療検診プログラムである。さらに今後も提携先を増やし、学会と連携したさまざまな健診事業を進めていく。

 一方、前出の深津博氏の講演にもあるように、ヘルスケア分野でのデータの収集や管理には多くの技術的、法的、倫理的課題があり、改正薬事法(医薬品医療機器等法)や改正が検討される個人情報保護法への対応も必要になってくる。

 こうした課題については学会内に多数の検討委員会を設置し、有識者にも加わってもらい、対応を検討していく。データ利活用のガイドライン策定に向けては現時点で「ドラフトを作成した段階」にあり、2015~2016年には策定を完了したいとした。
木暮祐一

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