北欧のITベンチャー、Jolla(ヨーラ)が開発するモバイル向けOS「Sailfish OS」をご存知だろうか。今回はインドの携帯電話メーカーIntex社が発売したSailfish OS搭載のスマホ「Aqua Fish」がどのような製品なのか、開発の背景を辿りながら紹介しよう。
※“第3のモバイルOS”の大本命!? 「Sailfish OS」を開発するフィンランドのJolla本社に行ってきた
Jollaは、フィンランドに拠点を置くIT通信のメジャー企業、ノキアでモバイル向けOS「MeeGo」の開発に携わっていたメンバーがスピンアウトして、2011年に設立したベンチャー企業だ。やがてメンバーはMeeGoの流れを組む新しいモバイル向けOSである「Sailfish OS」を開発。これを採用するオリジナルのスマホ「Jolla Smartphone」を2014年に、本国のフィンランドほか欧州地域で発売した。
続く2015年にはMWC2015にブースを構えて、オリジナルのタブレット「Jolla Tablet」を発表して注目を集める。当時はまだiOS、Androidに続く“第3のモバイルOS”として期待を受けていたSailfish OSだったが、やがてライバルであるMozillaの「Firefox OS」も今年に入って開発の終了を宣言。Jollaも予定していたタブレットの出荷が遅れ、さらには事業構造の再編を迫られる苦境に立たされるなか、今年のMWC2016では本会場に隣接するホテルで小規模なプライベートセミナーを開催。もともとの主軸事業であったSailfish OSのライセンス事業に注力しながら生き残りをかけるための戦略を発表していた。
その一つが、アジアやアフリカのスマホ新興国にSailfish OSを売り込み、各地域の携帯電話メーカーによる採用端末の商品化をサポートしていくというビジョンだった。今年のMWCの会場にはパートナーとして名乗りを上げたインドの携帯電話メーカーIntex社からキーパーソンも駆け付け、OSの最新バージョンである「Sailfish OS 2.0」を搭載するスマホ「Aqua Fish」の発売を宣言した。インド国内ではMWCの開催後まもなく春のあいだに発売するとされていたが、そのスケジュールは後ろ倒しにずれ込んでいた。その後、Jolla本社から開発者、およびSailfish OSのコミュニティ参加者向けに限定でJolla Smartphoneをチューンアップした「Jolla C」が発売されるという予期せぬ出来事もあった(ただし日本から購入することはほぼ不可能だった)。
もはやAqua Fishの存在を忘れかけていた頃、7月25日付けでJollaが発表したプレスリリースに、いよいよインドでAqua Fishが発売されたというアナウンスがあった。Sailfish OS 2.0を搭載する5インチのスマホは、Ebay Indiaでは5,499ルピー(約8,300円)で販売されるという。まあ、今回もどうせ日本からは買えない端末になるのだろうと思い、筆者もひやかしにEbay Indiaのストアをのぞいてみたら、海外からの注文・デリバリーにも対応すると書いてある。送料を含めた販売価格は7,099ルピー、約1万700円前後だ。最悪、届かなくても痛手は軽微といえる金額だったので、注文してみることにした。Ebayのアカウントを持っていたので、オーダーは驚くほどスムーズに完了。Ebayのカード審査を経て、注文から約10日間で端末が無事自宅に届いた。
手元に到着した「Aqua Fish」はしっかり頑丈でキレイなパッケージに入っていた。箱を開けてみると、本体のほかにもUSB充電器、ケーブルや取説はいわずもがな、カナル型のリモコン付きイヤホンや、フロントカメラ、通話用スピーカーの位置にちゃんと穴の開けられた専用の保護シートまで同梱されている。至れり尽くせりだ。端末もオレンジとブラックのツートンフィニッシュで、薄型&スタイリッシュ。正直国内でエントリークラスの格安スマホとして売られている端末より、見た目の格好良さは1歩も2歩もリードしている。すでに1万円を投じたぶんのもとは取れた満足感がこみ上げてくる。
Aqua Fishのスペックについて概略を並べておこう。4G LTE対応の端末でバンドは3/5/40をサポート。SIMのタイプはmicroSIMで、デュアルスロットを搭載。CPUのSoCはクアルコムのSnapdragon MSM8909。RAMは2GB。本体に16GBのストレージを内蔵しているが、合わせてmicroSDカードも使える。カメラはメイン側が8メガ、フロント側が2メガ。バッテリーの容量は2,500mAh。11b/g/nのWi-FiにBluetooth、GPS機能も内蔵する。電源をオンにしてみると、ディスプレイの解像度は1280×720画素のHDスペックながら、見た目に粗さは目立たないし色合いも自然なので視認性は良い。
ここまでは順調そのものだったが、やはり予想していた通り「技適マーク」は本体、およびパッケージを隈なく探しても見つからない。つまり、日本国内では使ったらNGという残念なSIMフリースマホであることが発覚した。そしてSailfish OSは日本語の表示、および入力のどちらにも非対応なので、仕方なく英語を選ぶほか手は無い。おそらくそんな機会は滅多に訪れないと思うが、将来インドに出かけられる日がくるまで本機は自宅に温存しておくことが決定した……。
とはいえ、これで終わってしまうのも寂しいので、機内モードに設定した状態で、本体の質感やUIの使い心地を簡単にレポートしておきたい。画面のサイズは5インチで、本体の厚さは9.6mm。片手持ちと操作には程よい大きさだ。iOSやAndroidのように、ホーム画面にはアプリのアイコンがずらっと並んでいるようなUI設計ではなく、画面を下から上にスワイプするとアプリのアイコンが現れる。Sailfish OSのネイティブアプリというものもいくつか存在しているが、それをJollaとパートナーが手を組んで、数少ないユーザーのために独自にガンガンつくるというビジネスモデルには当然なっていない。アプリはAndroidとの互換性を確保。Google Playストアからダウンロードしながら追加できるようになっているみたいだ。
ホーム画面から左右にスワイプすると「イベント」と呼ばれる通知トレイやSNSのリーダーを統一した画面が現れる。ほかにも、おそらくインド国内で人気なのであろう「gaana」という名前の定額制音楽配信サービスのサインアップ画面も立ち上がるのだが、残念ながらこれも試してみることはできなかった。はじめは戸惑った上下左右方向への画面スワイプ操作を中心とした操作も、慣れてくると理にかなっているなと感じる部分も多くある。マルチタスク実行時にはアプリ間をスムーズに移動できて便利だ。ただしiPhoneや国内で販売されているような中級機以上のAndroidスマホに比べるとタッチ操作への反応はややもっさりとしているように感じた。
以前にJollaのスタッフにインタビューして日本市場への興味を訊ねたところ、「Sailfish OSとしては、今後はスマホ新興国で活路を見いだしていきたい」という明快な回答が返ってきた。今後、国内で堂々と使えるSailfish OS搭載のスマホが日本に上陸する可能性はかなり望み薄かもしれないが、筆者個人としてはiOSとAndroidからは一線を画した独自路線のユーザー体験を追求するモバイル向けOSが、今後もしぶとく頑張って欲しいという思いを持っている。
山本 敦